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あなたの知らない!?表面処理の世界~潜入!都産技研 ~

都産技研ではどんな人がどんな研究をしているのか、実際に広報担当が潜入して確かめる「潜入!都産技研」。今回のテーマは「表面処理」。中でも、「ドライコーティング」に注目です。

 世の中にあるさまざまな製品には、表面処理が施されています。表面処理といえば、「塗装」や「めっき」が思い浮かびますよね。なんとなく、塗装は色を付けるイメージ、めっきは装飾するイメージですが、「ドライコーティング」って何者?どんなところに使われているのでしょう。

 そこで、都産技研で表面処理を扱う、機能化学材料技術部プロセス技術グループに潜入。意外と知らない「表面処理の世界」の一端をのぞいてみました。 

工具の先端が金色なのは、表面処理で硬くしているから

訪れたのは都産技研1階の「イオン成膜室」。表面処理の分野を担当している、主任研究員の寺西義一さんと徳田裕樹さんに話をうかがいます。 

お二人はプロセス技術グループで、どんなことをされているんですか?
 
寺西「物体の表面に膜をつくることと、その膜の性能を評価することがメインですね。膜に関する研究開発のほか、中小企業の皆さんからの相談にも対応しています」
  
「膜」というのが、塗装とかめっきというわけですよね。これってどういう違いがあるんでしょうか?
 
寺西「膜には「塗装」「めっき」「ドライコーティング」など色々なものがあります」

塗装:塗料を塗ることで、樹脂など金属以外の膜をつくる。厚さはミリ~マイクロメートル単位。
めっき:金属イオンを含んだ溶液に浸し、化学反応を起こすことで金属の膜をつくる。厚さはマイクロメートル単位。
ドライコーティング(乾式めっき):溶液を使わず、特殊な方法で膜をつくる。厚さはマイクロ~ナノメートル単位。

寺西「塗装はミリ~マイクロメートル単位の厚膜が多く、ドライコーティングはマイクロ~ナノメートル単位の薄膜が多いです。マイクロはミリの1,000分の1ですね。」
 
1ミリは「厚い」という世界なんですね……! でも、そんな薄い膜がどんな場所で利用されるんですか?
 
寺西「ドライコーティングでできた膜は結構私たちの身近にあるんですよ。工具や機械部品、メガネのフレームなどにも使われています」

こちらの金色に輝いているものは全部乾燥めっきだそう。

寺西「たとえば左に見える工具は、窒化チタンの薄い膜を付けることで硬さをアップして、工具自体が長持ちするようにしています。表面処理は見た目だけでなく、さまざまな機能を持たせることができるんです」
 
膜そのものは薄いのに、物自体が硬くなるなんて不思議です。寺西さんによれば、表面処理にはこんな役割があるのだそう。

・装飾性:見た目を飾る(塗装による着色など)
・防食性:腐食やサビを防止する(塗装やめっきによるさび止めなど)
・保護性:硬さをアップする(表面に傷を付けにくくするなど)
・潤滑性:表面を滑りやすくする(金型を滑らかにして製品を剥がれやすくするなど)
……etc

徳田「最近はペットボトルにも使われていますね。内側に炭素の薄い膜をつくることで、酸素を通りにくくし、飲み物の酸化を防ぐんです。ワインやビールがペットボトルで売られるようになったのは、この膜のおかげなんですよ」

真ん中と右のペットボトル (市販品)が、内側に膜をつくったもの。若干色が付いているのはそのため。

表面処理にそんな効果があったとは……! 見えないほどの薄い膜のおかげで、私たちの生活が少しずつ便利になっているんですね。
 
 「アルゴンをぶつけて、炭素を飛ばすんです」
お話を伺った「イオン成膜室」には、さまざまな成膜(膜をつくる)の設備が整っています。
 
たとえばこの巨大な装置は、名前を「大電力インパルスマグネトロンスパッタリング装置」といいます。……なんですかこれは。

大電力インパルスマグネトロンスパッタリング装置です。

徳田「“スパッタリング“というのは、物理蒸着法という成膜の手法のひとつです。手前に、中が真っ黒な小部屋がありますよね」

徳田「ここに、膜の原料となる炭素の板があるんです」

徳田「この扉を閉め、中の空気を抜いて真空にします。そこにアルゴンのガスを入れる。この状態で、炭素の板に電圧を加えると、アルゴンのイオンが板にぶつかり、板から炭素の粒子がポン!と出るんですね」

 アルゴンが炭素の板にぶつかって、そこから炭素が弾き出される……。そんな布団を叩いたらホコリが出るみたいなことが、この中で起きてるとは。

 徳田「飛び出してきた炭素が、小部屋の真ん中に置いたサンプルにくっついて、膜を作ります。こうしてできるのがDLC(ダイヤモンドライクカーボン)と呼ばれる膜です」

 DLCは、その名の通りダイヤモンドみたいに硬い膜。既に実用化されており、先ほどのペットボトルや、HDD内部のディスク表面に使われています。 

小部屋が真っ黒なのは炭素が蒸着しているから。徳田「硬い膜ができるので、こすってもなかなか落ちないんですよ(笑)」

さて、このスパッタリング。通常は一定の電圧をかけ続けてつくるそうなんですが、大きな電力を短い周期でバン!バン!と加えると、より滑らかな膜ができるのだそう。

 これを実験するための装置が、この「大電力インパルスマグネトロンスパッタリング装置」なのです。ドイツ製で、日本にはあまりないものなのだとか。 

改めて全体をご覧ください。徳田「電源やコントローラーなど制御系がたくさんあるので、こんなに大きな装置になるんです」
側面には出雲大社の御守りが。寺西「研究の最後は『人事を尽くして天命を待つ』 として神様にお願いしています。ちなみに、御守りはもちろん自費で買いました(笑)」

徳田「電圧や電力値を調整すると、膜の状態が変化しますし、炭素やアルゴンを別の材料にすれば、また新しい膜をつくることができます。最適な条件を探すのは難しいですが、それが面白いところでもありますね」

イオン成膜室には「トライボロジー遺産」にも認定された年代物の装置も。寺西「昭和62年製造のもので、産業用としては日本で初めてDLCを生成した装置なんですよ」
イオン成膜室に飾られている「トライボロジー遺産認定証」。

膜をこすったり削ったりするためのマシーン

プロセス技術グループのもうひとつの役割は、膜の性能を評価する表面物性評価 。中小企業からの依頼を受けて試験を行うため、試験機器も揃えられています。

たとえばこちら。なにをする装置か想像できますか?

右側の黒い丸い部分はクルクル回ります。

これは「ボールオンディスク摩擦摩耗試験機」。膜をこすり続けたときの変化を見る試験機器です。膜が付いたディスクをセットし、金属のボールを押し当てながらグルグル回すのだそう。

徳田「自動車のエンジン部品など、常に摩擦が生じる部分に使う膜の耐久性を見る試験です。長いものだと8時間くらいこすっていたりしますね。硬い膜だと、それでもなかなか摩耗しないんですよ」
 
他にも、わずかな力で膜を押し込み、膜の硬さを測る「超微小押込み硬さ試験機」や、ダイヤモンド圧子で膜を引っかき、膜の密着性を評価する「スクラッチ試験機」などが備わっています。

スクラッチ試験機。寺西「膜が剥がれると摩擦の抵抗力が変わるので、その様子がグラフに表れるんです」
実際に削ったサンプル。傷がついているのがわかりますか……?

最後に、表面処理の研究の面白さについてお二人に伺いました。

 寺西「表面処理は決して目立つものではないですし、どちらかといえば縁の下の力持ち的な存在だと思います。でも、だからこそ魅力があると思うんですよね」

 徳田「何も無いところに新しいものをつくるので、材料合成的な楽しみもありますよね。条件を変えると膜の構造も特性も大きく変わる。調べれば調べるほど、面白いものだなと感じています」

取材当日は他にもたくさん研究をご紹介いただきました……!
改めてご協力ありがとうございました!



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