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木の“表情”によってメイクを変える!「木工塗装」の世界 ~潜入!都産技研~

突然ですがクイズです。これはあるものを280倍に拡大した写真なのですが、一体なにを拡大したかわかりますか……?

そんなこと突然言われても困っちゃいますよね。

実はこれ、「鉛筆の断面」を拡大したもの。
 
下半分のつぶつぶの部分が木材、上半分のオレンジや赤の部分が表面の塗装です。よく見ると、一番上にえんじ色の薄い層がありますよね。

こちらが拡大した鉛筆と同じもの。確かにえんじ色ですね。

つまり、私たちが普段見ている鉛筆の表面は、塗膜(塗料を塗ってできる膜)のほんの一部。その内側には、もっともっと「塗膜の層」があるんです。木材の上に何度も塗料を塗り重ねて、鉛筆はできているのだとか。
 
そんな面倒なことしなくても、えんじ色にサッと塗ればいいのでは……と思ってしまいますが、実は木材を思い通りに塗装するのは、とても難しいこと。

今回の「潜入!都産技研」では、そんな「木工塗装」の裏側に広報担当が潜入。木工塗装にも、スキンケアやメイクのような工程が必要なんですって……!


木工塗装は「下準備」がとても大切

お話をうかがったのは、プロセス技術グループ 主任研究員の村井まどかさん。企業などから依頼を請け、さまざまな塗装の性能評価などを担当しています。中でも専門は木工塗装。

プロセス技術グループ 村井まどかさん。手にしているのは塗装したオーク材です。

木を塗装するのって、どうしてそんなに難しいんですか?
 
村井「金属やプラスチックと違って、木は“多孔質”。表面にたくさんの穴が開いていて、塗料のしみこみ方が場所によってまちまちなんです。さらに、木目を強調するなど、仕上がりによって塗装も変わってくるんですよ」

村井さんが取り出した「木の色見本」。こちら、すべて同じ木だそう……! 塗装によってずいぶん変わるんですね。

村井さんによると、木工塗装の基本的な工程はこんな感じだそう。

「今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしい塗料の本」, 中道敏彦・坪田 実 著, 日刊工業新聞社 P. 93を参考に都産技研が作成

えっ、こんなにあるんですか……!? 塗ったり削ったりまた塗ったり……。すごく時間がかかりそう。

村井「これでも少ない方ですよ。高級家具になると、もっと工程が増えますから。木材の種類や仕上げのグレード、コスト、作業環境などによって工程数が変わります。」
 
なぜここまでやることが多いのか。たとえば画用紙に絵を描くとき、真っ白な画用紙を用意しますよね。でも木材は、最初から色が均一じゃないのだと村井さんは話します。

実際の杉を見ると一目瞭然。外側と内側で色が違うんですね……!

自然に生まれたものだから色も違うし、表面も凸凹。そこにいきなり色を塗っても、思った通りの色にはなりません。
 
というわけで、①素地調整では、表面にある傷や接着剤の跡などを、研磨して均一に“ならす”ところから行います。②漂白③素地着色は、木材を漂白したり着色したりして、色を均一にするのだそう。
 
まずは下準備が大切なんですね。

ちなみに、下準備をしないまま塗り進めると、後から傷が目立ったり、ムラができたりしてしまいます。


木材にも「イエベ」「ブルベ」がある!?

下準備をしたあとも、まだまだ工程は続きます。④捨て塗りは、村井さん曰く「スキンケアでいうと化粧水」にあたるのだとか。
 
村井「水みたいに薄めた透明の塗料を、一度まんべんなく塗るんです。全体的に染みこませることで、そのあとの着色ムラを防ぎます」

「薄めた塗料をたっぷり塗るので、化粧水っぽいかなと(笑)」

さらに⑤目止めで木目を目立たせ、⑥下塗り⑦中塗りと塗り重ねて、⑧塗膜研磨でまた研磨します。えっ研磨? また削るんですか!?
 
村井「ここまでの過程で塗料が積み重なって表面が凸凹するので、削って平らにしてあげるんです。こんなに段階を経るのは、木ならではですよね」

左がオーク、右がメープル。一番下の「素地」から、「下塗り」「中塗り」「上塗り」と重ねていくと、だんだん木の感じが出てきますね……!

さらに⑨補色で色彩に深み感やコントラストを出し、⑩上塗りをして、最後に⑪磨きで光沢をつければ完成です。長い道のりですね……。(補足:つや消し仕上げの場合は⑪磨きはやりません。)

あれ? そういえばさっきの写真、オークとメープルではだいぶ木目の感じが違うような?
 
村井「そうなんです。木によって特性も全然違いますよ。肌に合わせてベースメイクやファンデーションを変えるみたいに、木の特徴に合わせて塗装の工程も変わってくるんです」
 
なるほど! 木によって“肌質”も違うし、イエベ・ブルベみたいなものがあるわけですね。

村井さんが見せてくれた木の見本帳。めくるたびに違う表情の木が現れます。

ナラ、ケヤキ、クルミ、ローズウッド……など木の種類はたくさんあり、同じ木でも木目の表情はさまざま。
 
それぞれに最適なメイク……いや塗装をほどこすわけですから、簡単にいかないわけですね。

さらにアンティーク調の加工になると、「真ん中を薄く削ってスポットライトが当たったような立体感を出す」ということもします。すごい。


塗料が進化すると、試験機器も進化する

ここからは、村井さんの仕事場に潜入です。普段はどういうお仕事をされてるんですか?

村井「依頼試験がメインですね。家具や建材メーカーなどから、塗装の性能について試験を依頼されることが多いです」
 
塗装の「性能」って、一体何を確かめるんでしょう? その疑問を確かめるため、やってきたのは「塗膜物性試験室」。見慣れぬ機械がたくさんありますね。

こちらは摩耗試験機。フローリングにどれくらい傷がつくかなどを、実際に確かめる装置です。
力をかけた摩耗輪を当てて、木の板(試験板)を回転させます。500回、1,000回と回すと、こうして溝ができてくるそう。


この背の高い装置はいったい……?

村井「これは衝撃試験機です。決められた高さからおもりを落として、塗膜が割れたりはがれたりするかを見ます。通常は500 g、厳しい試験だと1 kgのおもりを落とします」
 
この衝撃試験機、昔は高さ50 cmまでしかなかったそう。塗膜(塗料の膜)の性能が良くなってきたので、100 cmまで上限が上がったのだとか。技術の進化によって試験機も変わってくるんですね。


木材と20年以上の付き合いでも「まだまだ勉強」

もうひとつの仕事場、「外観評価室」に場所を移しました。冒頭の鉛筆の断面の写真は、この部屋で撮られたものです。

マイクロスコープという装置で鉛筆の断面を拡大しています

村井「『塗膜がどれくらい乗っているか調べてほしい』という依頼では、こうした顕微鏡画像で膜の厚さなどを確かめます。鉛筆ひとつとっても、塗料が何層も塗られているんですよね」

「この真ん中の赤い部分が中塗りです。」

学生時代から数えると、木材との付き合いは20年以上になるという村井さん。それでも「まだまだ奥が深くて」と話します。
 
村井「木材の種類は多岐に渡りますし、環境に優しい塗料が出るなど、技術も進化し続けています。『なぜこの工程があるのか』をしっかり理解しないと、目の前のことに対応できません。まだまだ勉強ですね」

「塗料は粘度(粘り気)が大事なので、料理をしていても『この生地って粘度どれくらいかな』って考えちゃいます(笑)」

最後に、この仕事のやりがいについて聞きました。
 
村井「性能評価をしたお客さまから『無事製品化できました』とお礼をいただいたことがあって、それはとても嬉しかったですね。5年前に耐候性試験をしたお客さまから『実際に外で使ったら試験結果の通り劣化したんですよ』と教えていただいたことも。自分の仕事が社会の役に立っているんだ、と感じています」

取材ご協力、ありがとうございました……!


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塗装分野では、工業塗装をはじめ、木工塗装や建築塗装に関する支援や研究開発を行っています。塗膜の性能を評価したい、塗膜の不具合の原因を解析したいなどのご相談にお応えします。お気軽にお問合せください。

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